日本に中国から仏教とともにお茶が伝わって今ではいたるところ茶畑なんだけど、これは私の住む大井
川流域のことで、緑茶は子供の頃から親しんでた。だから日本には緑茶しかないと思っていたんだけど
ちゃんと紅茶も作ってた。
私の家は祖父が初代なんだけど、祖父のお母さん私からみれば曾お祖母さんにあたる人の実家が前
回お話した高草山のふもとにあるんだけど、そこのお家で戦前、ここで言う戦前とは太平洋戦争のこと、
因みに京都では戦前のお店、戦後のお店を大任の乱でわけるようで歴史が違いますな、で話を戻すけ
ど戦前にアメリカ製の機械で紅茶を作ってアメリカに輸出してたんだって。どうして焼津で紅茶なのか、
それはどうも徳川慶喜公が静岡に住んでたことと関係するようで、旧幕臣でのちに明治政府役人の多
田元吉が紅茶を丸子、まりこと読みます駿府のつぎの宿場町でとろろ汁で有名です。この丸子に広め
たそうです、それが時代とともに焼津まで伝わったのかも。日東紅茶が藤枝市に工場があるのもうなず
ける。現在も高草山で紅茶が作られているそうなので今度ロマンを感じながらじっくり味わってみたいと
思う。


