静岡おでん.com・焼津が誇る黒はんぺん、静岡おでんにかかせない逸品
静岡おでん.comトップページ静岡おでん・黒はんぺん商品紹介かねふじ藤浪商店 特定商取引法お問い合せ

« 2007年09月 | メイン | 2007年11月 »

2007年10月 アーカイブ

2007年10月06日

羽衣まつり

1940年半ばフランスにおいて能「羽衣」の公演に力を注いだ女性がいました。

舞踊家エレーヌ・ジュグラリス夫人です。

%E3%81%95%E3%81%B0%20020a.JPG

彼女は1916年ブリュターニュに生まれます。彼女の父は医師シモン・オヴナニアンは詩人、作家の友

人が多く作曲家のラベルとも親交があり舞踊家イサドラ・ダンカンの医師でした。父親が亡くなるまでダ

ンカンの子供たちと一緒に暮らし、ダンカンの影響を強く受けることになります。彼女は独創的より神秘

的なものをもとめ日本の能に出会います。独学で「羽衣」を学び、パリのギメー美術館での初公演で大

成功をおさめます、フランス各地で公演を行うきっかけとなりました。「私の魂は三保に愛着している」彼

女の心は三保にありました。

%E3%81%95%E3%81%B0a.JPG


しかし彼女は白血病のため「羽衣」発祥の地、三保を訪れることなく1951年35歳の若さで世を去り

ます。夫人の遺志を果たすため夫のマルセル氏は遺髪と衣を手に三保を訪れます。

%E3%81%95%E3%81%B0%20017a.JPG

「羽衣の松」


夫人の心に清水の人々は心を動かされます。羽衣の側に記念碑が建てられ、昭和59年から羽衣まつ

りが開催されます。夫人への顕彰祭としてエレーヌ祭りも行われます。

羽衣の松前特設能舞台において「羽衣」が上演されます。


%E3%81%95%E3%81%B0%20023a.JPG


演目   
      能    羽衣

     狂言    蝸牛

      能     乱


%E3%81%95%E3%81%B0%20024a.JPG


火入れ  神主が御祓いしたのち薪に火が灯されます。


%E3%81%95%E3%81%B0%20021a.JPG

「エレーヌ記念碑」


記念碑の下には夫人の遺髪と爪が埋められています。

24回を数える羽衣まつり、夫人の思いは清水の人々と今も生きています。

2007年10月07日

大御所駿府入城四百年祭

徳川家康は1607年大御所として駿府に入城します

%E3%81%95%E3%81%B0%20028a.JPG

駿府城巽櫓とお堀に浮かぶ焼津八丁櫓


家康時代にはお堀と清水湊が水路で結ばれていました、家康の海路の警備をした焼津八丁櫓も400

年前もお堀に浮かんでいたのかもしれません。

%E3%81%95%E3%81%B0%20036a.JPG

東御門 櫓門正面

堅固な造りの櫓門です、要所に鉄砲狭間、矢狭間、石落しがあり戦国時代の面影を残します。

%E3%81%95%E3%81%B0%20038a.JPG

家康の甲冑

巽櫓と東御門内は資料館になっています、平成元年と8年にそれぞれ復元されました。


%E3%81%95%E3%81%B0%20047a.JPG


銀座の柳 二世

1606年京都伏見から駿府に銀座が移されますが1612年江戸町割り完成により銀座金座とも移され

ます、現在の銀座の地です。こちらの柳は明治になって銀座のシンボルとなった柳の二世です

中掘と内堀を繋ぐ水路を渡ると紅葉山庭園に出ます

%E3%81%95%E3%81%B0%20053a.JPG

紅葉山庭園

子供のころ遊びに来たときとは随分と様変わりしました、この様子だと内堀、本丸天守と行きそうな雰

囲気ですがどうなるんでしょうか。静岡中心部の観光の目玉となるのでしょうか。

2007年10月21日

八丁櫓(はっちょうろ)

%E3%81%95%E3%81%B0%20032a.JPG
駿府城に浮かぶ焼津八丁櫓


大御所駿府入城四百年記念に合わせ、焼津からトレーラーで2隻の八丁櫓が駿府城に運ばれました。

お堀に浮かぶ八丁櫓。江戸時代はいろんなご法度があり、船も七丁櫓までと決まりがありました、しか

し焼津の船だけが八丁櫓を許されたのです。どうしてかって?

%E3%81%95%E3%81%B0%20035a.JPG


では、焼津八丁櫓の歴史を紐解いていきましょう。

時は戦国時代、甲斐の武田信玄は花沢城において水軍を組織、近隣の海賊や遠く伊勢の海賊をも集

めます。天正8年(1580年)数倍の北条水軍を撃破するも、武田家は滅びます。残された水軍は徳川

に降伏、このときそのまま焼津に暮らし漁師や帰農した者もいるそうです。家康が大御所として駿府に

入城してからはたびたび鷹狩りに田中城を訪れます、帰路は船で駿府に戻るため焼津の漁師が護衛に

あたりました。家康の乗る安拓船は櫓が60本あり、漁船の7丁櫓では追いつけず、このとき8丁櫓が認

められました。これが焼津八丁櫓の由縁です。船足の速い焼津八丁櫓は漁場でも活躍し焼津漁業の

礎を築きました。

現在の八丁櫓は10年前に復元されたものです。来年はフランスで行われる帆船祭りに参加する予定

とのこと、成功をお祈りします。

%E3%81%95%E3%81%B0%20039a.JPG


東御門内での和太鼓の演奏、八丁櫓に花を添えます。

体に響く和太鼓の音に感動しました。


%E3%81%95%E3%81%B0%20059a.JPG


浮月楼の葵弁当 限定品

浮月楼は徳川慶喜公が明治2年よりお住まいになったお屋敷です。


%E3%81%95%E3%81%B0%20060a.JPG


中は二段になっています。下段は松茸ごはん、上段は八寸など、家康の好きだった鯛の揚げ物もちゃ

んと入っています。とっても贅沢な御弁当です。

2007年10月28日

島田ばらの丘公園

島田ばらの丘フェスティバルが開催されています。

花を愛でる柄じゃありませんが、ちょっとのぞいてみました。

世界各地を原産とする350種類8700株のばらが広がります。

では、ばらの紹介をいたしましょう。

%E3%81%95%E3%81%B0%20062a.JPG

ダイアナ プリンセス オブ ウェールズ

%E3%81%95%E3%81%B0%20064a.JPG

ジョン F ケネディー

ティーの芳香のする大輪です、本当に紅茶の香りが微かにします。

%E3%81%95%E3%81%B0%20065a.JPG

コーラル・ロザミニ

とても小さな赤い花です、1988年 オランダの作出です。

%E3%81%95%E3%81%B0%20066a.JPG

ドフト ゴールド 1981 ドイツ

黄色が鮮やかな大輪です、満開になるまで退色しないのが特徴です。
%E3%81%95%E3%81%B0%20067a.JPG

ロイヤル プリンセス

白い大輪です。敬宮愛子内親王殿下に捧げられたばらだそうです。


%E3%81%95%E3%81%B0%20068a.JPG

ミス島田 地元島田の作出です。
 
オレンジがかった赤いばらです。

この他にもたくさんのばらが咲いていました。公園の向えには、ばらの館があり1Fがショップで

2Fがレストランになっています。遅い時間にいったのでゆっくり見れませんでしたが、ばらがこんなに

たくさん種類があるとは知りませんでした。また来たいですね。

 | トップ | 商品紹介 | 特定商取引法 | お問い合わせ | おでんブログ |
かねふじ藤浪商店
ページトップへ しずおかおでん ブログ